岩坂彰の部屋

第18回 占星術が教えてくれたもの

岩坂彰

もう30年も前のことになりますが、星占いに凝ったことがあります。当時私は哲学科の学生で、「偶然性の研究」と称して (※1) 、 あれこれ占いを調べているうちにはまり込んでしまったのでした。周囲の人に誕生日や生まれた時間や生まれた場所を聞いて回っては性格や運勢を調べるだけで なく、当時出回りはじめたばかりの「マイコン」(マイクロ・コンピューターの略、今で言うパソコンです)を使って、友人と二人、誕生時間と出生地を入力す るとホロスコープを描画するプログラムまで作成してしまいました。

当時作成した私のホロスコープ(左)とプログラムの一部(上)。BASICという初歩的なプログラミング言語です。用紙の両端にプリンタ送り用の穴が開いているのが時代を感じさせます。

ホロスコープというのは、人が誕生したときに太陽、月、各惑星、その他の占星術上の要素が、天のどの方向にあったかを示す図です。私たちが作ったプログラムは、惑星の位置だけでなく、ハウスの区切り(※2) ま で計算する、今考えても比較的高度なものでした。ハウスの区切り方にはいろいろあって、どういう計算法を取るかによってホロスコープが違ってきます。惑星 の位置にしても、すべての惑星が黄道面上(つまり地球の公転軌道面)にあるわけではありませんから、計算方法によって微妙にズレが出てきます。こうして一 から計算してみると、占星術の基礎となるデータにも、どのように数値化するかでけっこう恣意的な部分があるのだなあと思わされたものです。

13星座占いというのをご存じでしょうか。ふつうの星占いで使う黄道12星座は、西洋占星術が成立した数千年前の黄道に基づいています。当時は、春 分の頃、つまり今で言う3月下旬に、太陽はうお座からおひつじ座に入っていたものと思われます。しかし歳差という数万年周期の天文現象により、現在では太 陽がうお座からおひつじ座に入るのは4月の中旬です。一般の星占いで「何座生まれ」というのは、生まれたときの太陽がどこにあるかという話で(※3) 、 おひつじ座生まれなら、太陽が春分点(0度)から30度までの間の方向にあることを意味します。ところが、上記の歳差により、現在の星座で見ると、3月末 や4月上旬生まれのおひつじ座さんの誕生時の太陽は、実際にはうお座にあります。それどころか、黄道の移動や星座の区切り方の変化から、現在の黄道は12 星座だけでなく、さそり座からいて座に入る前に13番目の〈へびつかい座〉も通るのです(実際、12月中旬に私が生まれたときの太陽の位置を計算してみる と、へびつかい座ω星付近ということになります)。このように、現在の実際の星座をベースにしたのが13星座占いです。


へびつかい座付近の現在の黄道。さそり座は、本来の30度に遠く及ばず7度くらいしか通っていません。赤い丸で囲んだのがへびつかい座ω星。

出生時の天体の位置関係がその人に何らかの影響を及ぼすとしたら、実際の天体のあり方に基づく方が正しいと思いませんか? 思わない? やっぱり。 それはなぜでしょう。伝統的な占星術は現実の天体とずれてしまっているのに成立している。もちろん、13星座占いもまた占いとして成立している。そこに、 占いというものの特徴があると私は思うわけです。

つまり占いというのは、星だとかカードだとか亀の甲羅とか(※4) 素 材そのものよりも、その後のプロセスのほうが重要だということです。占いは当たるはずがないとか無意味だとか言っているのではありません。少なくとも人間 関係に関するかぎり、星占いは偶然以上の確率で当たっているんじゃないかという印象が私にあることは否定できませんし、〈今日の運勢〉など「本当は意味が ない」と思いながらでも行動に何らかの影響があるとしたら、それは実際に「意味がある」ことになります。その「印象」とは何か、その「意味」とは何かとい うことに、私は興味を引かれます。

星占いを信じているかと問われれば、信じていないと答えるしかありません。少なくとも、「引力という見えない力の存在を信じている」というのと同じ 意味では、「生誕時の土星の位置が個人の科学的能力に及ぼす力」を信じてはいません。それでも、星占いは現実に作用している感覚を人に与え、社会的に影響 を及ぼしている。この事態は現実ですし、そのほうに私の目は向きます。若い頃の星占いへの興味は、私の中で、そういう形で今日につながっているのだと思い ます。

ペ リカンブックのASTROLOGY: Science or Superstition? イギリスの心理学者が、占星術のデータ的裏づけについてまともに検討していて、けっこう面白い本でした。実はこれには邦訳が あったのですが、訳者もやはり心理学者で、わりと学術的に訳してあって、一般読者にはちょっとなあ、という翻訳でした。これを読んだ当時、私はまだ翻訳の 勉強も始めていませんでしたが、こういうのを面白く読めるように訳したらいいのに、と思ったのを覚えています。

占いが当たっているように思えるという事実に関しては、いくつかの心理学的説明があります。一般的な表現を自分のこととして捉えようとするバーナム効果(※5) や、自分がそう思っていることにだけ注目してそうでないことを軽視する確証バイアス、予言をされることでその方向に行動してしまう自己充足的予言(※6) などなど。また、統計的な誤謬も大きな要素です。統計的に相関があるからといって、因果関係があるということにはなりません(関係性錯誤)。母集団の偏りを無視しているということもよくあります(※7)

こういった諸要素をすべて取り除いても、なお何らかの有意な相関性(いわゆる超常的な現象)がそこにあるかどうかはまた別の問題になりますが、とも かくこうした心理学的傾向というのは現実にあって、機能しています。そして私は、心理学的に人にはこういう傾向がある(人はそういうものだ)という結論だ けでは満足できません。確証バイアスや関係性錯誤は人のなかでどのように生じ、どのように機能しているかということを、具体的に知りたいと思います。脳の 働きとして。あるいは進化・発達上の機能として。そのうえで、はたしてそれは排斥されるべきものなのか、どう働かせればよいのか、ということを考えたいで すね。

脳の機能などというものは、そう簡単に理解できるものではないでしょう。一つの神経の機能ならばともかく、億単位のノードを持つネットワークの信号 パターンですから。基本的には「分からない」という態度を保持することはとても大切です。それでも、何らかの説明をつけることで〈理解した気〉になれば、 行動が違ってきます。そして実際に星占いがやってきたことは、「何らかの説明をつけることで理解した気にさせる」ということだったのではないでしょうか。

今取り組んでいる本は、「分かった気になる」「知っているという感じを持つ」ということがどういうことか(それは「分かっている」「知っている」こととは別の脳の機能ではないか)というテーマを扱っています。乞うご期待。

(初出 サン・フレア アカデミー WEBマガジン出版翻訳 2010年1月12日 第4巻139号)